砂の女
安部 公房
物語
教師の男・仁木順平は夏に休暇を取り、昆虫採集のために海際の砂丘に赴いた。
そこには、一風変わった村があった。家々がまるで蟻地獄の巣のように、砂丘に深く掘られた穴の中に建っており、どれもこれも今にも砂に埋もれてしまいそうなのだ。変わった村もあるものだと思いながら、男は村の老人に勧められ、そのうちの一軒に泊まることに決めた。家の中では、断続的に降り注ぐ砂に家が埋まってしまわないよう、家主の女がひとりせっせと砂掻きに精を出していた。
翌日男が目を覚まし、地上に出ようとすると、外に出るためにかけられていた縄梯子が無い。不思議に思う彼だったが、なんとそれは村の人々の仕業だった。ひっきりなしに穴から砂を運び出さなければこの村は埋まってしまうため、村人たちは砂掻きの人手を求めており、男を騙して村に引き留めようとしていたのだ。
男は困惑するが、砂を掻かずに逆らうと水が配給されなくなってしまうため、女と砂を掻き出しながら奇妙な同居生活をせざるを得なくなる。なんとか砂の穴から脱出しようと、思いつく限りのあらゆる方法を試みるが……

1962年(昭和37年)6月8日に新潮社より刊行。 20カ国以上で翻訳され、1968年にはフランスで最優秀外国文学賞を受賞し、不条理や砂の描写が、現代人の孤独や自由を鋭く描いた人間観察の傑作として高く評価されている。


本を読む力が落ちているのか、設定がシュールすぎるのか、どうもイメージが湧かない。読書家にとっては邪道でしょうが、1964年の映画を参考に観ました。(映画は小説に忠実でした)
小説に戻りますが、安部公房氏の言葉で作品の狙いが端的に書かれています。
「鳥のように、飛び立ちたいと願う自由もあれば、巣ごもって、誰からも邪魔されまいと願う自由もある。飛砂(ひさ)におそわれ、埋もれていく、ある貧しい海辺の村にとらえられた一人の男が、村の女と、砂搔きの仕事から、いかにして脱出をなしえたか……色も、匂いもない、砂との闘いを通じて、その二つの自由の関係を追求してみたのが、この作品である。砂を舐(な)めてみなければ、おそらく希望の味も分るまい」
砂に埋もれていく社会、自由とは何か、そんな哲学的なテーマの作品なんですね。

砂に埋もれ、外へ脱出できない状況で、女と二人きり。先程の映画の劇場公開時のコピーは 「突然 ある日 仁木順平は失踪した ずりおちた穴の奥深く 激しく開く女がいた」だそうで、ポルノみたいにチープなコピーですが、無機質な砂と艶かしい女、遠からず、小説の根底にあるエロティシズムを言い当てているように思います。
今年、3冊目(少ねぇな)
文学的な内容でしたが、面白い小説でした。
★★★























